バリューチェーンに加わってこそ意味がある


和泉:DX推進に欠かせない3つのことをお話したい。まず変化への素早い対応です。技術は指数関数的に進歩しています。技術変化への対応は今後も重要なポイントです。技術は「よーいドン」で変化する訳ではありません。いつの間にか変わっていて、乗り遅れる危険を常にはらみます。明示的ではない変化に追従して、変わり続けることができる企業が勝ち残るのです。

2つ目のポイントは、社会課題を解決するために、ものごとを組み立てるスキルです。要件を分析したり、詳細化したりするスキルではなく、デジタルの時代に求められるスキルとして、スキームを組み上げ、新たにデザインする能力とも言えます。対象はIoTに限りません。これは、アーキテクチャ・デザインセンター(Digital Architecture Design Center:DADC)立ち上げの趣旨とも関係します。

第3はインターネットが重要だということです。IoTはモノ(Thing)にばかりスポットライトが当たっている気がします。実はインターネット(I:Internet)こそがポイントです。インターネットにつながるからこそ誰でもグローバルな市場を目指したビジネス展開ができ、スケールアウトできるのです。成功のためには、サプライチェーンを意識することは不要ですが、他方、バリューチェーンに入ることが重要です。DXイノベーションチャレンジで一流講師陣と交流し、サプライチェーンからバリューチェーンへの変化をぜひ体感して欲しい。


DX未達成の95%の企業に間口を広げる


片岡:経済産業省が、デジタル経営改革のための評価指標(DX推進指標)をまとめました。DXを推進する経営とITの枠組みに関する指標です。IPAは、企業・団体などがこの指標で行った自己診断結果の分析レポートを作成・公開しました。それによると、DXのイノベータやアーリーアダプタといえる先行企業は全体の5%に過ぎません(図3)。95%の企業はDXに乗り遅れている状態です。

こうしたギャップは、経営者の危機感の欠如や認識不足から生じています。DX推進に関してガバナンスが効いていないのです。DXを推進する組織や予算の手当てがされておらず、人材育成の体制も十分ではありません。


図3 )日本企業の経営視点指標とIT視点指標におけるポジション
出典:情報処理推進機構、「DX推進指標 自己診断結果 分析レポート」、2020年5月28日、https://www.ipa.go.jp/files/000082544.pdf

確かにDXの成功事例はいくつも紹介されています。でも経営者にとって、自分ごとになっていない。端的に言えば、どうすれば良いのかわからないのです。これが先行企業との大きな差になっています。しかし、すべての企業でDXの推進が必要になっており、具体的に考えるタイミングを迎えています。もちろん、すべての企業がアーリーアダプタである必要はありません。2番手でも3番手でも構いません。自分たちでできることから進めるのが重要です。こうした意味で、DXイノベーションチャレンジが間口を広げたのは高く評価できます。DXイノベーションチャレンジへの参加を良いキッカケにしてほしいと思います。


DX推進における在るべきベンダー像を探る


渡辺:イノベーションチャレンジの冠をIoTからDXに変更したもう一つの意味は、ITベンダー/SIerがDX推進で果たす役割は何なのかを考えたかったからです。DX推進のための技術支援なのか、新サービスや製品創出の手助けなのか、ベンダー自身が困っています。DXレポート2には、ベンダーの目指すべき4つの方向性が示されています。この方向性をどのように受け取るべきなのか。イノベーションチャレンジは、ベンダーがDX推進を考える良い機会を提供できるのではないかと考えたのです。

こうなるとJASAの枠に収まる話ではありません。そこで、情報サービス産業協会(JISA)やコンピュータソフトウェア協会(CSAJ)、日本情報システムユーザー協会(JUAS)に声をかけ、後援をお願いしました。IT関連の業界団体が一丸となって、ベンダーが果たす役割は何かを考える機会にしたいと思っています。


VUCAを肌で感じて欲しい


白坂:企業から相談を受けて感じるのは、ビジネスが明らかに変わっていることです。これまでは、客が言ったことに従って仕事を進めれば良かった。ところが客自体が、何をやれば良いのか、消費者に何を提供すれば良いのか分からなくなっている。ベンダーは提案型にビジネスを変えないと生き残れません。考える領域が、より上流の工程に移っています。客との共創がポイントです。客のビジネスを理解し、客自身が気づいていない課題を抽出すること重要になってきます。

和泉:情報サービス産業の成長率を見ると、中国が15%、米国が6%なのに日本は2%に過ぎません。同じ業態にも関わらず大きな差があります。別の角度からも見てみましょう。オンプレミスのサーバーの出荷台数は、マイナス成長が続いています。一方、データセンター業は8~9%増を続けており、グローバルのクラウド市場は30%以上の成長を続けており、直近では37%超に達します。

つまり特定企業のためにシステムを構築する旧来型の市場(1階部分)に固執してパイを取り合っても意味がありません。クラウドをはじめ、新たなサービスや製品を創出する2階部分や、1階部分から2階部分への移行を支援する業態として成功することが、ベンダー生き残りのポイントです。こうした状況を踏まえ、ベンダーの目指すべき方向を示したのが図4です。

図4) DX推進においてベンダーが目指すべき方向
出典:経済産業省、「デジタル産業の創出に向けた研究会」の討議資料、令和3年3月29日、https://www.meti.go.jp/press/2020/02/20210204003/20210204003.html

現在はVUCA(不安定さ、不確実性・不確定さ、複雑性、曖昧性)と言われる時代です。そのような環境下において、特に、2階部分のビジネスではユーザーとベンダーと区別する意味がなくなるでしょう。DXイノベーションチャレンジで一流の方々と交流することで、VUCAの時代に勝ち抜くための勝負勘を肌感覚でつかんでほしいと思います。

片岡:これまでSIerなら客の情報システム部門、組込みなら製品開発部門と付き合えば良かった。しかしビジネスモデルを考えるとなると、付き合う先が経営者や製品企画担当者へと変わります。ただ、経営者や製品企画担当者が、デジタル技術をDXにつなげることに長けているわけではありません。ベンダーからの支援が求められます。
これからのベンダーは、「要件は何ですか」「開発の仕様を明確にしてください」では務まりません。一緒に作る姿勢が必要です。組込み業界も、リアルタイム技術に優れているだけでは十分とは言えません。クラウドネイティブな技術を取り入れるだけの幅の広さが不可欠です。
重要なのは客のビジネスを理解して、パートナーとして一緒に仕事を進めることです。未踏プロジェクト出身者が多いことで知られるPreferred Networksは、客と長期契約を結ぶことで知られています。例えば自動車メーカーとの提携では、自動車を学ぶ時間を含め契約期間を決めたと聞きます。


実践を通して「思考のOS」を入れ替える


渡辺:最後にDXイノベーションチャレンジへの参加者と参加者を送り出す企業の経営者の方々へのメッセージをお願いします。

片岡:DXイノベーションチャレンジは、経営サイドと現場サイドが一緒になって学ぶ機会を提供します。一緒に学ぶことで、これまでの企業文化やビジネスを変革し、新たな価値創出を考える機会が生まれると思います。さらに、オンラインで多様な人と交流し、体系的に知識や手法を得ることができる場です。多様な人々の想像力・創造力が求められるデジタル社会、つまり、人間中心の社会「Society5.0」につながる大切な取り組みになると考えています。

和泉:先ほども述べましたが、技術の進歩は指数関数的です。これから、ますます加速するでしょう。昔の知識や経験は、すぐに古くなってしまいます。新しい時代にマッチした教育・研修が必要です。そして、今後も2階部分でのビジネスの形はどんどん変わります。変わり続けるビジネスへ迅速に対応できる人材の育成に、経営者のみなさんはDXイノベーションチャレンジを活用していただきたい。

白坂:実践を通して、新しい技術によるトランスフォームを体得するのがDXイノベーションチャレンジです。単に知識を得るのではなく、肌感覚で身につけることが重要です。
経営のコンテクストはすっかり変わっています。これまでのルールは通用しません。変化の激しいルールのもとでも、勝ち続ける人材が求められます。必要なのは「思考のOSを入れ替える」ことです。学び方自体を学び、一生学び続ける人材を育てるのがDXイノベーションチャレンジです。経営者は、そういう場に社員をぜひ送り込んでいただきたい。

渡辺:自らをOTA(Over The Air)で変えられるのがDX人材といえそうです。DXイノベーションチャレンジに社員を送り込んでDX人材を育成し、そうした人材を使って会社やビジネスを変えていく。経営者にはこんなイメージを持っていただければ良いかと思います。

(構成・文:ET ラボ 技術ジャーナリスト 横田英史)

PAGE TOP