DX推進のキーマン4人が語る

企画委員長を務める白坂成功 慶應義塾大学大学院教授と、後援いただく経済産業省の和泉憲明 商務情報政策局・アーキテクチャ戦略企画室長および情報処理推進機構 社会基盤センターの片岡晃センター長に、DXイノベーションチャレンジの意義や目標、DX推進人材育成の在るべき姿などについてうかがった。司会進行は主催者 組込みシステム技術協会の渡辺博之理事が務めた。

渡辺:DXイノベーションチャレンジだけでなく、前身のIoTイノベーションチャレンジにも企画や審査、講師で携わった3人の方に集まっていただきました。今日は、大きく3つの点について話し合いたいと思います。まずIoTハッカソンを含め、組込みシステム技術協会(JASA)が主催してきた人材育成コンテストを簡単に振り返ります。次にDXイノベーションチャレンジの意義や名称変更の理由などについて議論し、最後に参加者を送り出す企業の経営者へのメッセージをお願いします。

組込み人材の育成のために2015年に始めたのがIoTハッカソンです。2017年まで続けました。技術力を高める効果はあったのですが、エンジニアはどうしても手を動かすことにこだわります。実装に目が行き、小ぢんまりまとまりがちでした。技術を知るエンジニアにこそイノベーションを起こして欲しい、ビジネスで新しい価値を生み出して欲しいと考えて始めたのがIoTイノベーションチャレンジでした(図1)。

図1) JASA主催の人材育成プロジェクト

初年度の2018年は19チーム、2019年は41チームが参加し、人材育成プロジェクトとして順調に成長しました。残念ながら2020年はコロナ禍に見舞われましたが、それでも28チームに参加いただき、講義やワークショップ、ピッチコンテストをすべてリモートで実施しました。東京圏以外からの参加者が増えるなど、リモートならではのメリットもありました。リモートでの講義やワークショップは、DXイノベーションチャレンジでも継承します。講義はオンデマンド配信ですので、いつでもどこでも受講可能です。利便性はさらに高まります。70チームの参加を見込んでいます。


一流講師陣による講義が最大の特徴


白坂 成功(しらさか せいこう)
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 博士
<略歴>1994年3月、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学修士課程修了。三菱電機にて15年間、宇宙開発に従事。「おりひめ・ひこぼし」プロジェクト後、「こうのとり」の開発に従事。途中、ドイツの衛星開発企業に駐在し、欧州宇宙機関向けの開発を実施。帰国後は、「みちびき」プロジェクトの立ち上げをおこなう。2008年 4月より慶應義塾大学大学院SDM研究科非常勤准教授。2010 年より同専任准教授、2017年より同教授。2015年12月〜2019年3月まで内閣府革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)のプログラムマネージャー。2020年5月から独立行政法人情報処理振興機構デジタルアーキテクチャ・デザインセンター 有識者会議座長。その他、内閣府宇宙政策委員会 基本政策部会委員、内閣官房デジタル市場競争会議構成員、経済産業省Society5.0における新たなガバナンスモデル検討会委員他、多くの委員会の委員として政府の活動を支援。サービス学会理事、日本創造学会理事、ディペンダビリティ技術推進協会理事長、システムアシュアランス協会理事長、一般社団法人スマートシティインスティチュート エグゼクティブアドバイザーなどを兼任。

白坂:IoTハッカソンの時代からかかわっています。IoTハッカソンは「作ること」に比重が置かれがちでした。2017年に情報処理推進機構(IPA)が行った「組込みソフトウェアに関する動向調査」で「システム全体を俯瞰できる人材」「ビジネスをデザインできる人材」の不足が将来にわたって続くことが明らかになりました(図2)。

図2)現在および将来的に不足する人材 出典:情報処理推進機構、「組込みソフトウェアに関する動向調査」調査報告書、2018年3月、https://www.ipa.go.jp/files/000072233.pdf

だったらアイデアソンにエンジニアを引き込もう、ビジネスのアイデアを競うエンジニア中心のイベントを開こうという議論になりました。それがIoTイノベーションチャレンジです。

良い着想だったと思います。時代にマッチしました。 最大の特徴は、信じられないくらいに充実した一流講師陣による講義です。会社に閉じこもっていては得られない学びの機会をエンジニアに与えることができました。座学だけではなくワークショップも充実しています。実際にやってみて、体感することが重要です。国連が定めたSDGs(持続可能な開発目標)を課題としたことも良かった。 多くのエンジニアにとって土地勘のないテーマですが、全世界が考えるべき共通ゴールです。エンジニアも無関心ではいられません。 コロナ禍の影響で昨年は、講義やワークショップ、プレゼンテーションをすべてリモートで実施しました。教育の新しいやり方を実践できたといえます。もっと前面に出して、強調しても良いと思います。


変革を続けなければならない企業に向ける


和泉:講師および審査員として携わっています。経済産業省は今年、DXイノベーションチャレンジを後援します。
大きく2つの点と小さめのプラスアルファに触れたいと思います。まずプラスアルファです。IoTハッカソンからIoTイノベーションチャレンジ、さらにDXイノベーションチャレンジと名称は変わっていますが、目標は変わっていないということが重要です。二転三転している訳ではありません。目標に向かって微調整し続けている結果だということを強調したい。一連の人材育成プロジェクトは市場と対話しながら進めています。意図が正しく伝わっていないと判断した結果、仕組みや名称を修正したのです。微調整・微修正は今後も続けるべきです。

伝えたい1点目は、人材育成に完成や到達点はないということです。より良いものを追求し続けるべきです。『DXレポート2(中間とりまとめ)』でも述べたように、これからの企業には常に変化する顧客・社会の課題をとらえ、変革し続ける能力を身につけることが求められます。DXイノベーションチャレンジに参加し、他チームと競い合い、「より良いもの、より高いレベル」を追求して勝ち抜くことは貴重な体験になります。

和泉 憲明(いずみ のりあき)
経済産業省商務情報政策局情報経済課・アーキテクチャ戦略企画室長(併)ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)
<略歴>静岡大学情報学部 助手、産業技術総合研究所(産総研)サイバーアシスト研究センター・研究員、産総研・情報技術研究部門・上級主任研究員などを経て平成29年8月より経済産業省商務情報政策局情報産業課企画官、令和2年7月より現職。ソフトウェア・情報サービス戦略室、デジタル高度化推進室(DX推進室)を兼務。博士(工学)(慶應義塾大学)。
その他、これまで、東京大学大学院・非常勤講師、北陸先端科学技術大学院大学・非常勤講師、大阪府立大学・文書解析・知識科学研究所・研究員、先端IT活用推進コンソーシアム(AITC)顧問などを兼務。

新規ビジネスの提示や企画競争は社会では当たり前です。その競争を経験できることには大きな意味があります。エンジニアは、得てして「与えられた仕事をただこなすだけ」になりがちですが、変化の激しいこれからのデジタル時代には通用しません。
2点目は、DXイノベーションチャレンジでの講義や審査を通して超一流のコミュニティと交わる機会が得られることです。今後は、技術革新のスピードがさらに加速するため、エンジニアは会社だけではなく、外部のコミュニティに属することで、主体的に自らの技術レベルを高める時代になるでしょう。「hello, world」という挨拶文(世界のみなさん、こんにちは)の表示プログラムを最初に作る、というエンジニアの習慣は、グローバルコミュニティへの参加の意思表明がはじまり、と言われています。DXイノベーションチャレンジは、まさに、超一流のコミュニティへの挨拶の機会を与えてくれるのです。


若いときに壁を突き破り、違う世界を経験すべき


片岡 晃(かたおか あきら)
独立行政法人 情報処理推進機構 社会基盤センター センター長
<略歴>京都大学工学部卒業後、日産自動車、パナソニックを経てIPAで勤務。イノベーション人材センター長、産業サイバーセキュリティ副センター長、ソフトウェア高信頼化センター所長を歴任。2018年からは、社会基盤センター センター長。その他、 (一社)コンピュータソフトウェア協会(CSAJ)次世代AI人材育成訓練プログラム 委員(~2020年度)、文科省enPiT外部評価委員会委員(~2020年度)、(一社)情報サービス産業協会(JISA)技術革新委員会委員、日経コンピュータIT Japan Award審査員などを務める。

片岡:2018年のIoTイノベーションチャレンジに特別審査員として関わりました。IPA社会基盤センターはDX推進事業を進めています。また今回、DXイノベーションチャレンジの後援を決定しました。

エンジニアが実装を経験していることは強みでありますが、逆に弱みにもつながります。アイデアを出すときでも、どうしても実現性が頭をよぎります。見方を変えると視野が狭いともいえます。そんなエンジニアが、一流の講師陣による教育によって視野を広げてもらえるのがIoTイノベーションチャレンジでした。
企業のなかにいると、事業や上司などの枠組みのなかで考えざるを得ません。私は未踏プロジェクトにも関係しましたが、若いときに壁を突き抜けて違う世界を経験するのは非常に大切だと感じています。 IoTイノベーションチャレンジでの、SDGsというテーマ設定は適切でした。若い世代には切実な問題であり、視野を広げる効果がありました。グローバルな視野から様々なことを考えなければならない時代にマッチしたテーマだったと思います。


組込みの枠を超えDX推進人材を育成


渡辺:2つ目の話題に移ります。目標に向けて微修正を続けてきたIoTイノベーションチャレンジでしたが、DXイノベーションチャレンジと冠を変えます。なぜIoTからDXなのか。その経緯についてお話します。

まずDX推進が日本企業にとって喫緊の課題になっていることです。すべての経営者が意識せざるをえない状況です。コロナ禍がDX推進を加速させた面もあります。これまでDXは、キャズムでいうところのイノベータやアーリーアダプタなど感度の高い経営者のテーマでした。しかし、ここにきてアーリーマジョリティやレイトマジョリティまでが意識し、推進しなければならない状況になりました。
そこでより多くの方に参加してもらうために、IoTの旗を降ろしてDXに変更し間口を広げました。
こうなるとJASAだけではカバーしきれません。経済産業省とIPAに後援をお願いしたのも、こうした意思の表れです。

渡辺 博之(わたなべ ひろゆき)
一般社団法人 組込みシステム技術協会(JASA)理事、ET事業本部長/株式会社エクスモーション 代表取締役
<略歴>横浜国立大学卒業後、メーカー勤務を経て、1996年より組込み分野におけるオブジェクト指向技術の導入支援に従事。コンサルタントとしてFA装置や自動車、デジタル家電など多くの分野において現場支援や人材育成を手掛ける。 2008年9月に(株)エクスモーションを設立し現在に至る。EETロボコンでは、2002年の創設時から2017年まで、本部審査委員長として活動。他に、UMTP組込みモデリング部会主査、派生開発推進協議会代表。

トランスフォーメーション教育の場を提供


白坂:Society5.0は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合したシステムが基盤となります。サイバー空間とフィジカル空間の結節点(入力と出力)を担うのがIoTです。その重要性は今後も変わりません。
しかしSociety5.0では、あらゆるところでデジタルを扱う必要があります。IoTにとどまる話ではありません。単にデジタルではなく、トランスフォームに関わらなければならない人が急速に増えているのです。

最近は「トランスフォーメーション人材を育成したい」という企業からの相談を頻繁に受けます。デジタル教育を行っている企業は数多く存在しますが、トランスフォーメーション教育は十分にできていません。DXイノベーションチャレンジは、DX人材の育成に困っている企業にとっての受け皿です。必要性が非常に高まっていると感じます。 情報技術の進化によって、企業がサービスや製品を生み出すための道具が変わりました。戦術を遂行するための武器が変わったのだから、戦い方が変わり、戦略の変更を迫られます。技術の進化を受け入れ、新たな技術(武器)を使いこなす人材の育成が急務になっているのです。

渡辺:DXのD(デジタル)よりもX(トランスフォーメーション)をきちんと学べる場として、DXイノベーションチャレンジは良い機会を提供できるということですね。

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