ビジネスを創出できる人材育成に手応え
教育拡充や地方展開をさらに進める
IoT イノベーションチャレンジの企画委員長を務める白坂成功 慶應義塾大学教授と、企画立案とセミナー講師、審査を担った渡辺博之 組込みシステム技術協会理事に、過去 2 回の総括と 2020 年に向けての抱負、組込み業界の在るべき人材育成などを聞いた。
―これからの組込み技術者にとって不可欠な「システム全体俯瞰力」や「ビジネスをデザインする力」を備えた人材の育成を目指すアイデアソン「IoTイノベーションチャレンジ」が3回目を迎えます。前年の2019年の総括をお願いします。
渡辺:アイデアソンとして順調に成長していると認識しています。2018年比で2倍を超える41チームが参加しました。もちろん質も重要です。2019年はコンテストの質がぐっと高まったと自負しています。1回目だった2018年の反省を踏まえ決勝大会までの流れを見直しました。書類審査から決勝大会までの間にプレゼンテーション審査を入れました。
審査員や他の参加チームの前でプレゼンテーションをする機会を作ったのです。多様な審査員からの意見を聞ける場を設けたことが、質の向上につながったと考えています。
白坂 成功
慶應義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科 教授 博士
<略歴>
1994 年3 月、東京大学大学院工学系研究科航空宇宙工学修士課程修了。三菱電機にて15 年間、宇宙開発に従事。「おりひめ・ひこぼし」プロジェクト後、「こうのとり」の開発に従事。途中、ドイツの衛星開発企業に駐在し、欧州宇宙機関向けの開発を実施。帰国後は、「みちびき」プロジェクトの立ち上げを行う。2004 年度より慶應義塾大学にシステムエンジニアリングの教鞭を取り、2011 年より現職
白坂:組込み業界の現状と進むべき方向性が見えたのが、この2年間の成果です。2019年には、相談会に加えてプレゼンテーション審査を新設したことが、教育的な効果を高めました。自分たちが考えたアイデアに対して繰り返しフィードバックを受けることは非常に大切です。私の授業では2週間ごとにフィードバックするプロセスを4か月間続けます。最終のアイデアにたどりつくのは7~8回目です。フィードバックのたびにアイデアは進化します。他のチームに対する審査員からのコメントを聞くのも最良の教育といえます。
決勝大会を控えた最終段階でフィードバックを受けることがポイントです。考え抜いてゴールだと思い込んでいるアイデアに、まだ先があると気づかされることが大切です。答えがない新しいビジネスを創出するうえで貴重な体験となります。多様なバックグラウンドを持った審査員からの多角的な指摘から取捨選択してアイデアを磨き上げる過程
も得難い経験です。
渡辺:社会問題の解決につながってこそ共感を生み、お金が集まりビジネスが持続するのだと思います。SDGsという抽象的なテーマに苦戦したチームがあったのも確かです。「臨場感がない」「対象設定が甘い」という審査員からの指摘が、2019年のイノベーションチャレンジでもありました。
仮説をフィールドで検証する機会を設けたい
―2019 年を踏まえ、今年の強化点を教えて下さい。
渡辺:仮説を作り上げる能力を高める意味で、IoTイノベーションチャレンジはこの2年間である程度の成果を挙げました。しかし、その仮説が正しいかどうかを検証するプロセスが足りないと感じています。2020年はこの部分を強化したい。仮説を立て、それをターゲットユーザーにぶつけて検証する。こうすることでアイデアはどんどんブラッシュアップされます。
白坂:実際のところ、ほとんどの場合に審査員はターゲットユーザーではありません。だから、ターゲットユーザーに仮説を示してフィードバックを受け、それを審査員にぶつけて説得する。審査員は、頭で考えているだけのアイデアにはいくらでも対応できます。でも、市場から得られたエビデンスは強い。容易に反論できません。こうしてアイデアの
説得力が増し、信頼感につながるのです。
もちろん参加者にとっても、審査員にとっても大変な作業です。高コストです。でもイノベーションの創出には、それなりのコストがかかることを覚悟しなければならない。
渡辺:第一線の講師陣による充実したセミナーとワークショップは、IoTイノベーションチャレンジの特徴ですが、“おもちゃ箱”的になっており、少し絞る必要もあるかなと考えています。一方で先ほど話に出た、仮説を検証するフィールド調査にチャレンジしたい。市場調査のワークショップなども考えられます。
もちろん仮説構築の教育は重要です。手を抜く訳にはいきません。IoTイノベーションチャレンジの参加者はIT人材が大半を占めます。仕様に従って作業を進めるプロセスには慣れていますが、仮説を構築することは苦手です。引き続き強化していきます。いずれにせよ、個々の会社では手を出しづらいテーマをセミナーやワークショップに取り入れたい。
白坂:エッジが立っている講師陣によるセミナーとワークショップがIoTイノベーションチャレンジの特徴なのは間違いありません。ただ現状は中身がアラカルト的になっているので、整理が必要かもしれません。仮説を生成したり作り直すプロセスを教えることが重要なのは確かです。いわゆる「問い立て」です。ここにきて方法論が確立してきました。どこまで時間を割けるかの問題がありますが、取り上げたいところです。
チームビルディングのワークショップ アイデアの質向上に有用
―異なる企業のメンバーでチームを構成する混成チームを新設しました。また混成チーム向けにチームビルディングのワークショップを開催しました。どのように評価していますか。
渡辺:混成チームは面白い試みだったと自負しています。ただし異なる会社のメンバーで構成するので、時間の作り方が難しいですね。混成チームでなくても、チームビルディングのワークショップは有用だと思います。同じ会社のメンバーでさえ、お互い分かりあえているのか疑問だからです。2020年はさらに強化するつもりです。
白坂:混成チームには多様性があり、上手くいけば非常に面白い。良い試みです。一方で混成チームには難しい問題があります。会社が異なり、違う場所で執務しているメンバーは簡単には集まれません。特にアイデアの方向性を決める初期段階では、メンバーが場を共有できないことが障壁になります。
チームが上手く機能するには、「心理的安全性」が必要です。私の教室で見ていても、アウトプットされたアイデアの質と心理的安全性の間には強い相関があります。チーム内で自由に発言できる、何を言っても大丈夫という安心感が大切です。そうした環境を作る上で、チームビルディングのワークショップには期待できます。
―2020年にIoTイノベーションチャレンジは3回目を迎えます。ホップ・ステップ・ジャンプ。飛躍の年に向けて、応募者とスポンサーの方にひとことお願いします。
渡辺:人が決めた仕様どおりに実装することに組込み技術者が明け暮れる現状に危機感を抱いたのが、前身のハッカソンをアイデアソンのIoTイノベーションチャレンジに衣替えした理由です。技術者が違う世界をのぞき見て、見方や発想を変えることが、組込み業界のすそ野の拡充につながります。今まで技術関連の書籍しか読んでいなかった技術者が、ビジネス系の週刊誌を読んだり、本屋でビジネス書の棚の前に行ったりするようになるキッカケを与えたかった。
アイデア創出のセンスをもつ組込み技術者は少なくありません。気づいていないだけです。彼ら彼女らに気づきを与え、飛躍を促したい。
地方からの強い要望は認識しています。2019年の地域別の内訳は関東32、関西6、東北2、中部1でした。京都で開催し、関西の方に喜ばれました。2019年に優勝したのは大阪に本社を置く企業のメンバーから成る「チーム創発」でしたが、日程を調整して東京と大阪で開催されたワークショップに全員が参加したと聞きいています。今後は、東北地区や中部地区などへと徐々に広げたいと考えています。
渡辺 博之
一般社団法人 組込みシステム技術協会 理事、ET事業本部長/(株)エクスモーション 代表取締役
<略歴>
横浜国立大学卒業後、メーカー勤務を経て、1996年より組込み分野におけるオブジェクト指向技術の導入支援に従事。コンサルタントとしてFA装置や自動車、デジタル家電など多くの分野において現場支援や人材育成を手掛ける。2008年9月に(株)エクスモーションを設立し現在に至る。ETロボコンでは、創設時より本部審査委員長として活動し、現在はETロボコン共同企画委員長。他に、JASA組込みIoTモデリングWG主査、派生開発推進協議会代表
技術が分かる人がビジネスを創出すべき時代に
白坂:すそ野が広がってこそ、高い山(産業)になります。いまの技術は高度化しています。技術に対する感度が重要です。技術を理解する人間が、ビジネスに進出することが求められています。最近、カンバセーショナル・プログラマーという論文が出ました。会話するプログラマーです。プログラムを書けるがプログラミングはしません。技術が高度化
して、こうした人材が欠かせなくなってきました。
IoTイノベーションチャレンジに参加するなんて、「夢にも思わなかった方」に応募してほしい。自分では自らの能力に気づかないものです。過去の参加者が、「こいつは面白い」と思う方に声がけする。例えば1人の参加者が5人に紹介する形で広がればと思います。
IoTイノベーションチャレンジが育成したい人材像に共感する企業・団体にスポンサーになって欲しい。そうした人材によって業界全体に活気が出て、日本全体が良くなる。さらに世界に向かう。IoTイノベーションチャレンジは業界の土台を充実させる活動です。意気に感じた社長が、別の社長に紹介する形で広がると良いですね。
(聞き手=ET ラボ 技術ジャーナリスト 横田英史)