対談
コンテストと教育を通して、ビジネスをデザインできる人材を育てたい
IoTイノベーションチャレンジの企画立案、セミナー講師、審査を担った渡辺博之と中川郁夫の2氏に、狙いや成果、2019年に向けての抱負を聞いた。技術者は技術力向上に集中するだけではなく、セミナーやコンテストを通して違う視点の存在に気づくことが重要だと語る。デジタルによる価値創造と成長モデルをセットにして考える人材を育てたいとする。2019年はスタートアップ企業の経営者と接する場を設けるなど、セミナーのいっそうの充実を図る(敬称略)。
―― IoTイノベーションチャレンジの開催趣旨について教えてください。
渡辺:これからの組込み技術者には広い視野とビジネスのセンスが必要とされます。情報処理推進機構が2017年に行った「組込みソフトウェアに関する動向調査」よると、「システム全体を俯瞰できる人材」「ビジネスをデザインできる人材」の不足が顕著になっています(図)。私も経営者として実感しているところです。
IoTイノベーションチャレンジを企画した意図はここにあります。
ET/IoT展では2017年までハッカソンを実施していました。技術力を高める効果は期待できるのですが、どうしても手を動かすことに集中しがちです。一歩進んで、技術とビジネスを橋渡しできる人材を育成したいと考えました。若い技術者が実装だけで終わっていいのかという危機感もありました。
もちろん、ハッカソンからアイデアソンへの衣替えには賛否両論がありました。JASA(組込みシステム技術協会)が主催するコンテストがアイデアだけでいいのかという議論もありました。でも中途半端はよくない。アイデアソンとして、ビジネスモデルだけに集中しようと思い切りました。
とはいうものの、多くの技術者はビジネスモデルをどう書くかの教育を受けたことがありません。そうした教育も、一流講師陣によるセミナーを通してちゃんと提供しましょうというのが、IoTイノベーションチャレンジのコンセプトです。技術者がビジネスに思いを致すようになれば鬼に金棒です。
会社を離れ、多様な人材と交流することが重要
中川:私も渡辺さんと同じことを考えていましたので、企画立案やセミナー講師のお誘いを受けたときに二つ返事でOKしました。技術屋が集まると、どうしても技術視点で効率化やコスト削減といった話になりがちです。そうではなく、課題を解決するために技術をどのように使うのかが重要になっています。つまり価値創造やソリューション、ユーザーの視点が今の技術者には求められています。
でも、そうした視点を持つことは簡単ではありません。違った考え方、視点に触れる機会が少ないからです。ビジネスがどう変わるのか、社会がどう変わるのか、経済モデルがどう変わるのかといったことに、技術者が目を向ける機会が必要です。視点はスキルではないので教えることは難しいところがあります。自分で意識して訓練することが必要です。そのためには会社に閉じこもっていてはダメです。強制的でもいいので業務を離れる機会を作り、外に出て多様な方々と交流することが大切です。
IoTイノベーションチャレンジが目指しているのは、今まで技術に集中していた方が、セミナーやコンテストを通して違う視点の存在に気づくキッカケを提供することです。例えば、愛読書が技術書からビジネス書となるといった変化が大切なのです。人を育てるには時間がかかります、でも気づきが第一歩なのです。
エッジコンピューティングが騒がれ、組込み業界には活気が出てきました。これ自体は良いことですが、一方でエッジコンピューティングの要素技術さえやっていけば食べていけるという雰囲気が漂い始めました。ここに流されてはダメだと思います。システム全体を見通せる人材を育てないと、業界の未来は暗いと言わざるを得ません。そこにIoTイノベーションチャレンジの価値があります。
2019年はベンチャースピリットを育てるセミナーも
ーー 講師、内容とも充実したセミナーがIoTイノベーションチャレンジの特徴です。お二人とも講師を務められましたが印象を教えてください。
渡辺:第一線で活躍され、実績を積まれた方が講師を務め、中身の濃いセミナーでした。受講者からも高い評価を得ました。私の話をすごく真剣に聞いてくれていたのが印象に残っています。彼ら、彼女らにもいい刺激になったようです。中川さんがおっしゃった気づきにつながっていれば、所期の目的を達成できたことになります。
中川:確かに真剣に受講されていました。自分と異なる考え方があるのだと気づかれ、刺激を受けたのだと思います。技術の“はやりすたり”といった一過性のものではなく、構造変化に気づいてもらえればと思います。構造変化の影響は何年も続くもので、ビジネスや社会、生活に大きな影響を及ぼします。この変化に気づけるかどうかが重要です。
渡辺 博之
一般社団法人 組込みシステム技術協会 理事・ET事業本部長 (株)エクスモーション代表取締役
<略歴> 横浜国立大学卒業後、メーカー勤務を経て、1996年より組込み分野におけるオブジェクト指向技術の導入支援に従事。コンサルタントとしてFA装置や自動車、デジタル家電など多くの分野において現場支援や人材育成を手掛ける。2008年9月に(株)エクスモーションを設立し現在に至る。
ETロボコンでは、創設時より本部審査委員長として活動。他に、UMTP組込みモデリング部会主査、派生開発推進協議会代表。
渡辺:2018年のセミナーについては、色々なフィードバックをいただいています。その声を生かして、2019年はスタートアップ企業の経営者の声を直接聞くセミナーを設けます。期待してください。
中川:セミナーは幅広くテーマを取り上げ、バランスが良かったですね。充実していたと認識しています。反省点としては、もっとベンチャースピリットの育つ場にすれば良かったというところでしょうか。スピード感を身に着けて欲しいと思っています。
渡辺:ベンチャー投資家の方々は、口々に「スケーリング」ということをおっしゃいます。その感覚が大切です。線形ではなく指数関数的な成長を求められるのがベンチャーです。
中川:人月ビジネスは言ってみれば線形の世界です。そうではない世界があることを、若い技術者には知ってもらいたい。デジタルによる価値創造と成長モデルをセットにして考えることを身に着けてほしいと思います。
プレゼンにはもっと熱量が欲しかった
ーー 決勝審査の際に参加チームが行ったプレゼンテーションにはどういった印象を持たれましたか。
渡辺:技術的には良かったですね。でも、少し固かった。もっと笑顔があった方がよかったと思います。相手に伝える、納得させるプレゼンとしては改良の余地がありそうでした。
中川:私も全体としては上手だったと思います。練習の成果が表れていました。ただ、自分たちのビジネスモデルにかける思いをもっと熱く語る熱量があれば良いなという印象を持ちました。
渡辺:2019年は大学生のチーム、ぜひ参加してほしいですね。
中川:私もそう思います。頭の柔らかい、実現できるかどうか分からないようなアイデアの提案も待っています。
ーー 2019年のIoTイノベーションチャレンジに向けて、応募者とスポンサーの方にひとことお願いします。
渡辺:応募者には、日々やっている業務とは全く違う世界を楽しんでもらいたいですね。セミナーにはとてもいい話が、たくさん詰まっています。最短の時間で多様な話が聞け、本を読むよりはずっと効率的です。
スポンサーにとっては、優れた人材の発掘・育成を支援しイノベーションに熱心な企業ということをアピールする場になります。素晴らしい企画なのでご支援をぜひいただきたい。
中川 郁夫
(株)インテック プリンシパル
<略歴> 1993年 東京工業大学 システム科学専攻修士卒。1993年 株式会社インテック入社~研究所でインターネット技術の研究に従事。2002年 株式会社インテック・ネットコア設立 同社取締役就任。2005年 東京大学より博士(情報理工学)を授与。2012年 Tクラウド研究会(代表: 東京大学 江崎教授)を設立。 2012年 大阪大学招聘准教授(兼務)。2015年 株式会社インテック プリンシパル就任(現職)
中川:先ほども申しましたが、日常業務から離れるのはとても大切です。イノベーションを考えるという、別の時間を楽しんでほしいと思います。これまでとは異なる視点を学んだり、自分の視点が変わっていくのを体感してほしいですね。
IoTイノベーションチャレンジには新しいビジネスを考える技術者が集まっています。ビジネスのデザインのヒントが数多くあります。企業にとって宝の山です。スポンサーにはセミナーの受講資格など、特典が多くあります。多くの企業にスポンサーとして手を挙げていただきたいと思います。
(聞き手=ETラボ 技術ジャーナリスト 横田 英史)